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J-GLOBAL ID:201002244165833766   整理番号:10A1043593

光海底ケーブル開発の歴史I -歴史に学ぶ技術の進歩-

The First Optical Submarine Cable I -Learned Research & Development from History-
著者 (1件):
資料名:
巻: 130  号: 10  ページ: 694-697 (J-STAGE)  発行年: 2010年 
JST資料番号: F0011A  ISSN: 1340-5551  CODEN: DGZAAW  資料種別: 逐次刊行物 (A)
記事区分: 解説  発行国: 日本 (JPN)  言語: 日本語 (JA)
抄録/ポイント:
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1850年に世界最初の海底ケーブルが英仏海峡に敷設された。それ以降160年に渡る海底ケーブルの歴史は,試行錯誤と失敗の歴史でもあった。本稿では,海底ケーブルの歴史で長期にわたり継承されてきた貴重な技術を振り返る。大西洋横断ケーブルは1857年に敷設されたがまもなく切断された。その後13年の歳月をかけて5回の敷設を行いようやく横断に成功した。この間にケーブルの抗張力は3tから7tに強化された。抗張力を7t以上にするという貴重な経験は,その後の設計に反映され,光海底ケーブルにまで継承されている。海底ケーブルはイギリスに始まり,欧米に広まり世界中に敷設された。特にイギリスは,世界に拡大する植民地を海底ケーブル網により管理した。日本は世界から遙かに遅れていた。日本で最初に海底ケーブルが敷設されたのは,1871年であり,長崎・上海,長崎・ウラジオストックが開通した。技術は全て外国依存であり,この状態は戦後まで続いた。1933年にポリエチレンが開発され,新しい電話用同軸海底ケーブルが開発された。1956年には太平洋横断海底ケーブル(TAT-1)が敷設された。1964年になり,日本とアメリカを結ぶ太平洋横断海底ケーブル(TPC-1)が開通した。これにより,日米間の電話回線の品質は劇的に改善され,市内電話なみ明瞭さになった。TPC-1は開設後まもなくいっぱいになり,1975年には,中継器にトランジスタを使ったTCP-2が開設された。その後,光海底ケーブルが開発され,1989年にTPC-3が敷設され,2010年現在,20万kmを超えている。
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分類 (2件):
分類
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光通信方式・機器  ,  有線通信方式・機器 
引用文献 (9件):
  • Girdle Round the Earth. 1979
  • DIBNER, B. The Atlantic Cable. 1959
  • GNTC. From dots and dashes to tele and data communications. 1994
  • 逓信協会. てれがらふ-電信をひらいた人々-. 1970
  • 花岡薫. 海底電線と太平洋の百年. 1968
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タイトルに関連する用語 (3件):
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