抄録/ポイント:
抄録/ポイント
文献の概要を数百字程度の日本語でまとめたものです。
部分表示の続きは、JDreamⅢ(有料)でご覧頂けます。
J-GLOBALでは書誌(タイトル、著者名等)登載から半年以上経過後に表示されますが、医療系文献の場合はMyJ-GLOBALでのログインが必要です。
日本の製糸業・紡績業を大きく発展させることになった明治初期における洋式製糸技術・紡績技術の導入と製糸場の建設について概説した。横浜開港(1859年)によって生糸輸出が盛んになりだすと粗製乱造の生糸の販売や悪質な手口による不正行為によって国際的信用を失い,輸出は停滞,生糸価格は破格の安値となった。生糸貿易の低迷する中で生糸品質改善へ向けて大きな転機となったのが洋式製糸器械と製糸技術の導入であった。官営富岡製糸所よりも早い時期に上州(群馬県)前橋藩に洋式製糸器械第1号が導入された。前橋藩製糸所建設の由来やその他の民営製糸場について述べた。明治政府は1870年に生糸や蚕種の粗製乱造防止と品質向上を目指して洋式製糸技術を導入した官営の製糸場を建設した。官営富岡製糸場(群馬県富岡市)の建設に至った経緯とイギリス公使館の申し入れ,政府の動き,外国人技術者の技術指導について述べた。富岡製糸場は製糸工場を全国各地に広める役割を果たした。全国各地に広まった洋式製糸器械,製糸技術,紡績技術の導入とその改善について述べた。