抄録/ポイント:
抄録/ポイント
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大正12年関東震災による当時の町村別の家屋全壊数と死者数を『大正震災志 上』(内務省社会局1926)から拾い出し,分布図を作成した。1町村当たりの家屋倒壊数が大きかったのは,(1)震源域の直上に当たる神奈川県平野部と房総半島最南端,(2)地質年代に湖水域であった甲府盆地や富士五湖地方,(3)江戸時代以前には利根川の氾濫平野であった埼玉県南東部,である,このうち,(1)と(3)では死者数も多かったが,(2)では死者数は少なかった。逆に,家屋倒壊数が少ない割に死者数が多かった場所が埼玉県北部の古利根川と荒川の自然堤防平野域に存在した。家屋倒壊数が多い割に死者数が少なかった場所では,家屋は長周期の緩やかな震動で倒壊したため,住人は倒壊するまでの間に十分に避難措置をとる時間的なゆとりがあったと考えられる。逆に,死者数が多かった場所では家屋は一瞬のうちに倒壊したものと考えられる。(著者抄録)