抄録/ポイント:
抄録/ポイント
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電子の持つスピンが電子同士の相互作用や軌道角運動量と相関することで,多彩な物性が立ち現れてくる。その典型例が,近藤効果とスピン軌道相互作用である。近藤効果は,磁性不純物を含む非磁性金属などにおいて,不純物の局在スピンと伝導電子が相互作用し,磁気モーメントの消失や重い電子状態の源となる多体状態,いわゆる近藤一重項を形成する現象である。スピン軌道相互作用は,スピンを持った電子が異方的な軌道運動をすることで生じる相対論的な効果であり,同じ全スピンを持つが異なる磁気量子数を持つ状態間の縮退を解く。このエネルギー分裂は磁気異方性をもたらし,原子分子分光の分野ではゼロ磁場分裂と呼ばれる。上記のように,近藤効果もスピン軌道相互作用も,特異な電子状態を生じることに本質があるが,その情報を直接的に取得することはバルク物質では難しい。それを可能とする場が表面である。表面に特化したナノスケール測定技術の一つ,走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて微分コンダクタンススペクトルを測定すると,近藤一重項やゼロ磁場分裂は特徴的な構造としてスペクトル中に現れる。電子相関やスピン軌道相互作用に由来する複雑な電子状態を反映したスペクトルが直接的に可視化できること,そしてその元になっている相互作用強度までが分かることは,実験研究者だけでなく理論研究者にとっても,実験との協力を強固かつ容易にし,また新しいモデルや現象についてのインスピレーションを得ることもできるため非常に魅力のある点である。このようなSTMによるスピン分光の歴史は,1990年代の表面上の磁性原子に対する研究から始まった。程なくして表面に吸着した磁性分子においても同様の観察が可能であることが報告されだした。原子の次は分子を吸着させるという流れは,一見すると単純な拡張にも思えるが,生じうる現象は奥行きをぐっと増す。分子合成技術を駆使すれば,周期表上にある磁性原子の数を遥かに凌ぐ,数百数千のバリエーションを持った様々なスピン状態を持つ磁性分子を作ることができる。配位子や構造が生み出す分子ならではの特徴的な電子状態・スピン状態によって,原子とは異なるタイプの近藤効果や磁気異方性を生じる可能性はあるのだろうか?表面と相互作用することで分子の磁性自体はどのように変わるのだろうか?STMの探針を用いて分子を動かして,分子構造を変形させることや人工的なナノ構造を形成した場合には何が起きるだろうか?など興味は尽きない。著者らは,理論と実験の協働によって,金属単結晶表面に吸着した鉄フタロシアニン分子において吸着構造が表面原子半個分ずれるだけで,対称性の違いによる軌道縮退の有無によって異なる近藤効果が表れることを明らかにした。また,STMの探針を用いて分子操作することによって,近藤一重項状態から異方的スピン状態への量子相転移を人為的に制御できることを示した。これらの結果は,分子吸着系は,新奇固体物性を実現しうる新たな“play ground”となることを示唆している。(著者抄録)