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J-GLOBAL ID:201002252041570514   整理番号:10A0529820

読書の遠近法(パースペクティブ)「読書の意義」の過去・現在・未来《社会の中の読書》という視点から

著者 (1件):
資料名:
巻: 48  号:ページ: 39-45  発行年: 2010年03月25日 
JST資料番号: F0203A  ISSN: 0016-6332  資料種別: 逐次刊行物 (A)
記事区分: 短報  発行国: 日本 (JPN)  言語: 日本語 (JA)
抄録/ポイント:
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読書の衰退が心配されている。衰退が心配されつつも,読書は今日なお,その権威自体に疑義を投げかけられることは少ない。しかし,歴史的に見るとき,読書は必ずしも無条件に肯定されてきたわけではない。プラトンは”パイドロス”では,文字の生みの親である技術の神テウトが,「記憶と知恵の秘訣」としての文字の効用を説くのに対して,エジプトに君臨していた王の神タモスは次のように文字の弊害を語っている。「類なき技術の主テウトよ,技術上の事柄を生み出す力を持った人と,生み出された技術がそれを使う人々にどのような害を与え,どのような益をもたらすか判別する力を持った人とは別のものなのだ。今もあなたは,文字の生みの親として,愛情にほだされ,文字が実際に持っている効能と正反対のことを言われた。なぜなら,人々がこの文字というものを学ぶと,記憶力の訓練がなおざりにされるため,その人たちの魂の中には,忘れっぽい性質が植え付けられるから。それは他でもない,彼らは書いたものを信頼してものを思い出すのに,自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出すようになり,自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである」歴史を振返る時,このように読書で得られる知識とは所詮「机上」のものに過ぎず,現実とは乖離している,あるいは現実には役に立たないといった批判は古くから繰り返されてきた。なぜ,読書は勧められてきたのかを改めて問う意味もある。1)プラトンの問いかけ,2)「教養としての読書」という理念,3)文化資本としての読書(ブルデューの問いかけ),4)マルクーハンの憂い,5)電子メディアのもたらすもの,6)読書の明日。
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分類 (2件):
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情報源  ,  計算機利用技術一般 
引用文献 (15件):
  • プラトン, 藤沢令夫訳『パイドロス』岩波文庫, 1967年, pp. 134-135
  • ハーバーマス, J., 細谷貞雄・山田正行訳『公共性の構造転換--市民社会の一カテゴリーについての探求』未来社, 1994年
  • シェルスキー, H., 田中昭徳・阿部謹也・中川勇二訳『大学の孤独と自由』未来社, 1970年
  • 竹内洋『教養主義の没落--変わりゆくエリート学生文化』中公新書, 2003年
  • ブルデュー, P., 戸田清訳『遺産相続者たち』藤原書店, 1997年
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