抄録/ポイント:
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自発的対称性の破れは超伝導の本質にかかわる概念であるが,物理学全般においても重要な位置を占める。あらゆる超伝導体において,超伝導状態が実現する際にはゲージ対称性が破れることは知られている。このゲージ対称性以外にも対称性が破れる超伝導状態があるかどうかに以前から興味が持たれており,例えば,結晶構造の持つ回転や反転操作に対する対称性を超伝導波動関数の位相自由度の部分で破った超伝導状態などがこれまで発見されてきた。しかし,超伝導位相以外の自由度,すなわち超伝導波動関数の振幅部分やスピン部分において対称性の破れた超伝導はこれまでに知られていなかった。特に,これらが結晶の持つ回転対称性を自発的に破るような超伝導は,液晶において回転対称性が自発的に破れるネマティック相との類推から「ネマティック超伝導」と呼ぶことができる。このような新奇な超伝導を示す可能性のある物質として,Cu
xBi
2Se
3が最近注目されている。この物質はトポロジカル絶縁体である母物質Bi
2Se
3(三方晶;120度回転の対称性を持つ)に銅をインターカレートしたもので,約3ケルビン以下で超伝導を示す。俣野らはCu
xBi
2Se
3(x~0.3)単結晶試料の核磁気共鳴(NMR)実験を行い,超伝導状態においてスピン磁化率が異方的になっており,さらにその異方性が結晶の対称性から期待される対称性を破った2回対称性を示すことを発見した。この結果は,クーパー対がスピン自由度を持つスピン三重項超伝導状態が実現し,スピン空間が異方的になっていることの初めての明確な観測例である。さらに,スピン空間が結晶の回転対称性をも破ったスピン・ネマティック超伝導と呼ぶべき状態が実現していることも示している。また,比熱実験により,米澤らはこの物質の比熱の磁場方向依存性が180度周期の振動を示すことを明らかにした。このことは,超伝導波動関数の振幅が結晶の持つ回転対称性を自発的に破る,いわばギャップ・ネマティック状態が,実現していることを意味している。このCu
xBi
2Se
3において発見されたスピン三重項・ネマティック超伝導状態は,これまでにはない対称性の破れを伴った,全く新しい種類の超伝導であるといえる。理論的には,この物質におけるスピン三重項・ネマティック超伝導状態は,波動関数が非自明なトポロジーを持つ(つまり「ねじれて」いる)トポロジカル超伝導状態でもあると考えられている。トポロジカル超伝導性の確認には特有の表面状態を表面敏感な手法で観測することが必要で,実際にCu
xBi
2Se
3でもそのような実験結果が報告されている。しかしながら表面測定は一般的に試料や手法依存性が大きく,議論が収束しづらいという点が常に付きまとう。一方,NMRと比熱は共にバルク敏感な手法であり,上述の実験結果は,トポロジカル超伝導性を不確実要素の少ないバルク測定から明確にしたという側面も持つ。このようにバルク測定でトポロジカル超伝導性が実証できることを示せたことは,この研究分野の重要な一歩である。このネマティック超伝導は,奇パリティー性とスピン自由度を持つ巨視的波動関数によって実現しており,これまでに知られている液晶や伝導電子系におけるネマティック相とは質的に異なっている。一方,種々のトポロジカル欠陥など従来のネマティック相で知られている現象がネマティック超伝導ではどのように起こるのかというのも興味深い問題である。そういった意味で,Cu
xBi
2Se
3のネマティック超伝導状態は,超伝導の範囲を超えた,ネマティック相の新たな研究の舞台としても期待される。(著者抄録)