抄録/ポイント:
抄録/ポイント
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量子多体系とは多数の自由度がお互いに相互作用しあう系を指し,そこにおける各自由度の運動は多体の波動関数によって支配される。多体波動関数さえわかってしまえば問題解決であるが,多体系のハミルトニアンの次元は自由度の数に対して指数関数的に増大するため,自由度の数が増えると多体波動関数を厳密に求めることは不可能になる。そのため,多体波動関数をいかに精度よく表現できるか?という問題は,非常に重要な課題になる。この問題に対して新しい風が吹いている。これまで物理的洞察に基づいて波動関数を近似する試みは多くなされているが,それとは逆に対称性などの明らかな拘束条件以外には直観に頼らず,機械学習の力を借りて波動関数を構築しようという動きである。機械学習は膨大なデータセットからその本質的なパターンを抽出する。すなわち,本来の波動関数は指数関数的に大きな次元を持つベクトルとみなせるが,その本質的なパターンを機械学習によって見つけ出し,波動関数の次元よりもはるかに少ない数のパラメータを用いて波動関数を精度よく近似しようという試みである。機械学習の手法の中でも,本稿では,人工ニューラル・ネットワークの一種であるボルツマンマシンを用いた変分波動関数について議論する。ボルツマンマシンは可視(入力)層の自由度である可視ユニットに加え,仮想的自由度である隠れ層の不可視ユニットで構成され,ユニット間が結合(相互作用)を持つ構造をしている。ボルツマンマシンは可視ユニットの状態配置を入力とし,その生成確率分布を学習する機械である。それに対し,多体波動関数は物理的なハミルトニアンの自由度の状態配置それぞれに対して値を与える。波動関数の値が,それらの状態配置に対する(複素数に一般化された)確率であると考えると,物理的ハミルトニアンの自由度と可視ユニット自由度を同一視することで,多体波動関数をボルツマンマシンによって書き下すことができる。すなわちボルツマンマシンをユニット間結合定数などを変分パラメータとする変分波動関数とみなし,物理的ハミルトニアンのエネルギー期待値を最小化するように波動関数を最適化し(機械学習の言語ではこれが学習に対応),未知の基底状態を探索する。最初に量子多体系に適用されたのは,最も単純な構造をしている制限ボルツマンマシン(Restricted Boltzmann machine,略してRBM)である。RBMを用いた変分波動関数は量子スピン系に適用され,その精度の良さが実証された。この研究を皮切りにRBM波動関数の特性が以下のようにわかってきた。i)不可視ユニットの数を指数関数的に増やすとどんな波動関数も表現可能。ii)相互作用が短(長)距離だと,エンタングルメント・エントロピーが表面(体積)則を満たすこと。iii)従来の波動関数法を組み合わせるとフェルミオン系などにも適応可能となりより良い精度が達成できること。iv)隠れ層を一層増やした深層ボルツマンマシン(DBM)にすると関数表現能力が格段に向上する。その性質を用いると,DBMを用いて基底状態の波動関数を厳密に構築できること。ボルツマンマシン波動関数の研究は始まったばかりである。その有用性,より深い学理が近い将来明らかになるだろう。(著者抄録)