抄録/ポイント:
抄録/ポイント
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K中間子の崩壊を対象とした実験研究は素粒子物理学において大きな役割を果たしてきている.1950年代に観測された正電荷を持つK中間子(K<sup>+</sup>)の2種類の崩壊は,弱い相互作用でパリティ(P)が破れていることを示すきっかけとなった.1964年のCP対称性の破れの発見(粒子と反粒子の交換に対して物理現象が同じでないことの発見)は,長寿命の中性K中間子(K<sub>L</sub><sup>0</sup>)が二つのパイ中間子に崩壊する過程の観測によるものである.CP対称性の破れを説明する数多くの理論が現れたが,1990年代のK中間子の精密測定と2001年のB中間子崩壊でのCP対称性の破れの発見を経て,素粒子標準理論による説明=小林・益川理論の正しさが証明された.様々な検証に対して正しさを誇る素粒子標準理論だが,物質が圧倒的に優勢な現在の宇宙の成り立ちを説明しうるほどには粒子と反粒子の振る舞いに差を生まないことも知られている.より高いエネルギースケールではなんらかの新物理が存在していることが示唆される.新粒子を直接作り出して観測できれば明快であり,欧州・CERNでは現在到達しうる最高エネルギーを持つLHC加速器で新粒子探索が行われているが,残念ながら未だ発見の知らせはない.間接的な手法ながら,不確定性原理によって中間状態に短時間だけ現れうる重い新粒子の効果を精密測定によって捉えるアプローチの重要性が増してきたとも言えよう.CP対称性を破るK中間子崩壊K<sub>L</sub><sup>0</sup>→π<sup>0</sup>ν<span style=text-decoration:overline>ν</span>は,理論計算の不定性が非常に小さく,素過程で生じる標準理論以外の寄与の存在を探す上で格好の対象である.標準理論による予測分岐比が3×10<sup>-11</sup>であるように非常に稀な上,測定にかからないニュートリノが終状態に存在するため信号の同定に明確さがないなど,難しい実験ではあるが,今やその観測を目指すことが現実味のあるものとなっている.茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCを利用した探索実験(名称:KOTO実験)が進行中である.KOTO実験は2013年に数日間,そののち施設の休止を経た2015年に約4か月の物理データ収集を行った.KOTO実験にとって初めての本格運転であったため特に慎重にデータ解析を行い,考えうる背景事象の残存数が十分少なく抑えられていることを評価した上で,2018年7月にこれまでの世界記録を1桁更新する分岐比上限値3.0×10<sup>-9</sup>(90%信頼水準)を与える結果を発表した.2016年以降これまで,年に2か月ほどのビーム利用期間を得てデータ収集を続けており,新物理の効果が現れうる領域まで探索範囲を広げつつある.とはいえ,目標感度に向け1桁2桁と改善するのは単純ではない.詳細なデータ解析で明らかになった背景事象に対し,将来の感度を見据えて削減策を講じる必要があり,時として大掛かりな検出器改良も伴う.信号の選別条件にもまだ改善の余地がある.加速器の運転強度の増強やビーム利用期間の確保が必須であることは言うまでもない.新物理の鉱脈はどこに眠っているかわからない.K中間子の稀崩壊研究は一点のみを深く掘削していくマニアックなアプローチとも言えるが,何かが吹き出して新しいパラダイムを開く糸口になればと,日々工夫して掘り続けている.(著者抄録)